共に主をほめよ

私とともに主をほめよ。共に、御名を崇めよう」(3節)

このダビデの記したみ言葉から伝わって来るものがあります。

[1]霊の豊かな人には圧倒的な勝利があります

先週読みましたように、神と交わりが出来るように人間は霊をもった生きものです。

しかし、神を離れた罪人の霊は死んでいます(ローマ6:23)。

キリストを信じることにより、罪赦され、霊が生かされます。

すると、ダビデのように苦境の中で主をほめたたえることができます。

パウロのように「圧倒的な勝利者」となれます。

「私たちを愛してくださった方によって、これらすべてのことの中にあっても、圧倒的な勝利者となるのです」(ローマ8:37)

[2]他の人の祝福となる生き方があります

冒頭の聖句は、命令形であり他の人へのお勧めのことばです。

ダビデは、自分が苦しみの中で主をほめたたえるような勝利者となっただけではありません。

他の人にも「ともに主をほめよ・・ともに御名をあがめよう」と勧めています。

単に、誰かと一緒に賛美して楽しもうというのではありません。

主をほめたたえる素晴らしい祝福された生き方を勧めているのです。

喜びと賛美にあふれて、他の人をも祝福するような生き方があるのです。

[3]神の国は拡大します

このようなダビデが、やがてイスラエルの王となりました。

多くの人々が彼に付き従い、神を礼拝する国となりました。

1人の人が本気で神に従う時に、神の国が拡大します。

国中に、そして国外にも影響を及ぼすことになります。

ダビデの家系からイエス・キリストが誕生しました。

その弟子である使徒たちが伝えた福音が、今や日本にまで伝えられました。

教会と言う神の国は拡大し、祝福された民が世界中に起こされました。

今年、ともに主をほめ、キリストを信じて御名を崇める人々が私達の回りに起こされます様に
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誰が貧しいか  詩篇34:2

私のたましいは主を誇る。貧しい者はそれを聞いて喜ぶ
                                 (詩篇34:2)
[1]「貧しい者」とありますが、一体誰が貧しいのでしょうか

答えは全ての人間です。

Ⅰテサロニケ5章23節に

あなたがたの霊、たましい、からだが完全に守られますように。」

とあります。

勿論人間を完全に区分することはできません。

しかし、全ての人は動物と違って霊とたましい、そして体を備えたものです。

人間には①「体」の貧しさがあります。

体力が衰え、病に侵されるという欠陥があります。

②「たましい」(口語訳:心)の貧しさがあります。

知的能力や意志の力には限界があります。

また、良心の判断に追いつけないという弱さがあります。

豊かな感情があっても、ついかっとなって相手を傷つける欠陥があります。

③最も貧しいものは霊的な貧しさです。

財布にお金が無いと貧しさを痛感します。

しかし、人間にはもっと大切な財布があります。

それは、神の愛と慰めを蓄える「霊」という財布です。

ここは、神以外の何物を入れても満たされない場所です。

神を離れた人間の霊は空っぽです。

ダビデのように、「いつも、主への賛美がある」(1節)という豊かさの正反対の貧しさのどん底です。

[2]「貧しい者」とは、これらの貧しさに真に気づいた人の事です

キリストは言われました。

「心の貧しい者は幸いです。」と(マタイ5:3)。

[3]真の貧しい者には喜びがあります(34:2)

なぜなら、貧しさを満たして余りある主がおられるからです。

ですから、ダビデはいのちの危険な中で主を賛美しました。

パウロは弱い時に強いと断言しました(Ⅱコリント12:9)。

[4]この世で誰が一番貧しい体験をしたでしょうか

それは、イエス・キリストです。

主は富んでおられたのに、あなたがたのために貧しくなられました

それは、あなたがたが、キリストの貧しさによって富む者となるためです

                            (Ⅱコリント8:9)

私達のために全てを捨ててくださった主をほめたたえましょう。

主をほめたたえよう  詩篇34:1

私はあらゆる時に主をほめたたえる

の口には、いつも、主への賛美がある。」(1節)。

詩篇34篇の各節最初の文字はヘブル語のアルファベット順に記してあります。

今日はそのアレフから始まる1節を読みましょう。

[1]「私は」・・主をほめたたえる

「私」とはダビデのことです。

しかし、詩篇を多く記したダビデだから主をほめたたえると言っているのではありません。

ゴリアテを倒した信仰の勇者だからでもありません。

「私たちは伏し拝み、ひれ伏そう。

私たちを造られた方、主の御前に、ひざまずこう。」(詩篇95:6)。

私達主に創造された者すべての者は主をほめたたえるべきです。

[2]「あらゆる時に」主をほめたたえる

ダビデはこの詩篇のように、先代の王サウルに命を狙われました。

その結果、敵の前で気が狂ったかのようにふるまわなければならない時がありました。

しかし、そのような時に主をほめたたえました。

ヨブは全てを失った時に主をほめたたえました(ヨブ記1:21)。

100年前のことですが、ファニークロスビーは生まれて間もなく失明しました。

しかし、95年の生涯で彼女は6千以上の讃美歌を作詞しました。

私達も日々の生活の中で、主をほめたたえる機会が常に与えられています。

[3]「私の口には」いつでも、主への賛美がある

これもダビデの証しです。

これを私達の模範としましょう。

聖書に「私たちは、舌をもって、主であり父である方をほめたたえ、同じ舌をもって、神にかたどって造られた人をのろいます。」

とあります(ヤコブ3:9)。

あなたの口はつぶやきや人への批判に用いられているでしょうか?

神への賛美に用いられているでしょうか?

 「主のすばらしさを味わい、これを見つめよ。」(8節)。

賛美の出所は救い主イエス・キリストです。

そのキリストを見つめて、主をほめたたえましょう。

    主は素晴らしい   詩篇34:8

昨年も様々な主の恵みの中、新年を迎えました。

主のすばらしさを味わい、これを見つめよ。」(詩篇34:8)

主は素晴らしいお方です

私達が諦めないで信じ続け、求め続ける素晴らしさを持ったお方です。

ルカ11章には諦めないで祈った人の姿が出てきます(5~10節)。

真夜中のことです。

ある人が旅行中の友人を迎えました。

しかし、彼の所には空腹の友人に食べさせるパンがありませんでした。

彼は、別の友人宅に赴きました。

そして、戸をたたきました。

その友人は怒りました。

子どもたちも寝ている真夜中に起こされたからです。

しかし、彼はしつこく戸をたたき続けました。

遂に家人は根負けしてパンを彼に差し出しました(8節)。

確かに彼のしたことは非常識な事です。

しかし、その行為は、私達が神様に向かう姿を教えています。

主は、私達の必要の全てを満たしてくださる御方です。

主の素晴らしさが、私達を諦めさせないのです。

主は素晴らしいお方です

人間の持っていないものを持っておられます。

人間の出来ない事を行なう事ができます。

「彼」の家には、パンがありませんでした。

友人を泊める事もできませんでした。

主は素晴らしいものを私達に与えることができます。

そのために必要なことは祈り続け、求め続けることです。

主は素晴らしいお方です

その素晴らしさを味わいましょう。

料理を見ただけでは、味は分かりません。

口に入れてわかります。

主の素晴らしさを味わう秘訣は、み言葉を受け入れる事です。

求めなさい

そうすれば与えられます

捜しなさい

そうすれば見つかります

たたきなさい

そうすれば開かれます。」(9節)。
 
み言葉を受け入れて、信じ続けましょう。

祈り続けましょう。

主の素晴らしさを味わう一年でありますように。

至れり尽くせりの神  ルカ2:8~16

御使いは彼らに言った

「恐れることはありません

今、私はこの民全体のためのすばらしい喜びを知らせに来たのです

きょうダビデの町で、あなたがたのために、救い主がお生まれになりました

この方こそ主キリストです

あなたがたは、布にくるまって飼葉おけに寝ておられるみどりごを見つけます

これが、あなたがたのためのしるしです。」(ルカ2章10節~12節)

昨年、あなたにとって一番良いニュースは何だったでしょう。

聖書では、イエス・キリストの誕生を「すばらしい喜び」の知らせとしています。

[1]人間には共通した恐れがあります(8~9節)。

キリストの誕生は「あなたがたのための」素晴らしい知らせです(11節)。

「あなたがた」つまりすべての人のための良い知らせです。

それは、恐れからの解放です。

主の栄光に照らされて羊飼いたちはひどく恐れました。

神の光に照らされると怖いと言う人間共通の恐れがあります。

それは、罪から来る恐れです。

[2]キリストの誕生は「恐れることはありません」と言う神からの喜びの知らせです(10~11節)。

その恐れを取り除くためにキリストは救い主として来られました。

[3]その喜びの知らせは至れり尽くせりの方法で伝えられました(11~12節)。

①神ご自身がそのままの姿で来られたら、罪人はたまりません。

しかし、キリストは幼子の姿で来られました。

赤ん坊の顔を見て怖くなる人はおりません。

むしろ、なごみます。キリストは親しい配慮を持って私達の所に来てくださいました。

②キリストは飼い葉おけの中に来られました。

人間の汚れた心、神を追い出すほど他の事に満ちている心・・・

そんな心の中にもキリストは来てくださると言う神のメッセージです。

③キリストが誕生した良い知らせは、「きょうダビデの町で」と語られました。

偶然ではなく、預言通りにダビデの町で。

そして、いつかそのうちにではなく、確かに今日救いが来たという確実なメッセージです。

このイエス・キリストを信じて恐れない日々を送りましょう。
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