私を救い出してくださった主(2)

Ⅰサムエル17章37~49 

Ⅰサムエル17章のダビデとゴリアテの戦いをもう一度みて見ましょう。

結果は、ゴリアテがダビデの投じた一石によって打ち倒されるという、意外な結末となりました(49節)。

この二人の共通点があります。

それは、どちらも勝利を確信していたという事です。

しかし、その確信の出所が全く違いました。

これが勝敗の原因です。

[1]ゴリアテの確信(43~44節)。

17:9に「おれは・・おれたちは・・」と“おれ”という言葉が6回も出てきます。

つまり、彼の力の源は「己」です。

自己の力、立派な体格、強力な武具、そして、負けたことのない経験です。

しかし、この体験は体験すればするほど人間を傲慢にします。

一度失敗すると立ち上がれなくなるという体験です。

そして、自らの弱さを知らないといううわべの強さです。

パウロは、自らが弱くても強いという真の強さを持っていました(Ⅱコリント12:9~10)

[2]ダビデの確信(45~47節)。

彼も体験から来る確信がありました。

ダビデは羊を飼いながらライオンや熊を倒しました。

そのことを彼は「獅子や熊の爪から私を救い出してくださった主」と告白しています。

これは自分が倒したのではなく、主がしてくださったという信仰です。

この体験は

①自らの弱さを認めたからこその体験です。

②体験すればする程キリストの強さを教えられるものです。

③体験を通して、さらに強い信仰へと導かれます。

主をおのれの喜びとせよ
   
   主はあなたの心の願いをかなえてくださる

あなたの道を主にゆだねよ

   主に信頼せよ

主が成し遂げてくださる

                   (詩篇37:4~5)
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私を救い出してくださった主 

Ⅰサムエル17:28  31~37
 
 Ⅰサムエル17章には、有名なダビデとゴリアテの戦いが記されています。

ダビデは羊を飼っている少年。

一方のゴリアテは経験豊かな戦士でした。

結果は、ゴリアテがダビデの投じた一石によって打ち倒されるという、意外な結末となりました(49節)。

ここに出てくる人物から勝利の秘訣を学ぶ事ができます。

[1]ゴリアテ

①身長約2.7m 鎧の重さ57.5㎏ の大勇士でした(4~5節)。

②神を信じないで、「己」の力で敵を倒してきた経験の持ち主でした。

17章9節に6回も「おれ」という言葉があります。

[2]サウル

①神の霊が彼に注がれ、勝利した体験がありました(11章)。

②主を信じていても、従う事をしなかった人です(15:22)。 

③勝利させてくださる主を見失いました(17:33)。

[3]ダビデ

①主の霊を注がれた人でした(16:13)。

旧約聖書では預言者や王など、特別な人に聖霊は注がれていました。

ダビデは王とされた時、聖霊を注がれました。

ゴリアテのいる戦場に兄達に食物を届けに来たダビデを兄エリアブは叱責しました(28~29節)。

ダビデはこれに応ぜずに「聖霊による歩み」(ガラテヤ5:16)を選び勝利しました。

②戦争の体験のない羊飼いの少年でした(17:15)。

③信仰によって羊の外敵を倒した経験がありました(34~36節)

これらの信仰生活を通して、彼はゴリアテと戦う備えができていたと言えます。

なぜなら、彼は主が外敵から救い出してくださったことを徹底的に信じていたからです(37節)。

ですから、彼には完全武装の巨人ゴリアテよりも、生きておられる神の方がはるかに強い、現実的な存在として映りました。

そして、剣や槍を使わずに勝利する秘訣を得ていました(47節)。

神の前にへりくだりましょう。

そして、弱い私たちを勝利に導いて下さる主を見上げましょう。

「あなたのしもべを、傲慢の罪から守ってください。

それらが支配しませんように」(詩篇19:13)

教会は素晴らしい   使徒2:36~47

マタイ16章で、ペテロはキリストに向かって「あなたは、生ける神のみ子キリストです」と告白しています。

その信仰で彼は確かに救われました。

しかし、キリストが十字架に架からなければならない程、自分が罪深い事を知りませんでした。

キリストのために十字架を担うベき事も知りませんでした。

いざキリストが十字架につけられる時、彼はキリストを否み逃げ出したのです(マタイ26章)。

そのペテロが使徒2章では大胆にキリストを伝えています(14~36節)。

彼のメッセージによって人々は悔い改め、キリストを受け入れて信じました。

洗礼を受けました(41節)。

信じた者たちは、神の言葉を学び(42節)、苦しみや喜びを共にする共同体となりました(43~45節)。

「神を賛美し、すべての民に好意を持たれ」る交わりを形成しました(47節)。

そして、そこに新しい人々が加わってきました(47節)。

これが2000年前の教会の誕生の出来事です。
 
逃げ出したペテロがこのような偉大な神の御業に用いられる人となりました。

そのきっかけは彼が聖霊を受けたという出来事です(3節)。

聖霊を受けて力強いキリストの証人となることは神の約束でした(1:8)。

聖霊は私達の罪深さを示されます。

弱さを教えられます。

そして、逃げ出さない潔いクリスチャンになりたいとの願望を起されます。

祈らせます。

おそらく、ペテロは弟子たちが聖霊を求めて祈った中でこのような事を示されていたと思われます(1:12~14)。

そして、聖霊が一人一人の上に注がれました。

聖霊は十字架に架けられ、復活されたキリストと私達を一つにし、私達をきよめる神です。

聖霊によって生み出された素晴らしい教会。

キリストのからだである教会。

その一員とされていることを感謝しましょう。

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