求めよ・捜せ・たたけ  ルカ11:

 祈りは、キリストに教えてもらわなければできないもの、そして祈りは父なる神に呼び掛けである事を学びました。

今日の個所で言われている事は、祈りは必ず応えられるという事です。

その為に、私達に必要なことは「求める・捜す・たたく」ことです(9節)。

「求めなさい。そうすれば与えられます」

私達の祈りに対して、神は3つの応えをされます。

それは「はい」「いいえ」そして「待ちなさい」です。

祈った事が直ぐに与えられる事があります。これは神が「はい」と応えてくださる祈りです。
 
アブラハムに追い出されたハガルが砂漠で水も食料も尽きた時、彼女は泣きました。

子供のイシマエルも泣きました。

神は直ぐにハガルの目を開き泉のある場所を示されました(創世記21章)。

ペテロがおぼれかけてキリストに助けを求めた時、主は「すぐに」手をのばして彼を救われました。

真に必要なことに、主は応えてくださるお方です。
 
 今必要な事であるならば、神はすぐにでも助けを与えてくださいます。

私達の求めに応じてくださるお方です。あらゆる問題をまず主の手に委ねましょう。

「何も思い煩わないで、あらゆるばあいに、感謝をもってささげる祈りと願いによって、あなたがたの願い事を神に知っていただきなさい。」(ピリピ4:6)
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キリスト者の愛の実践   ローマ12:9~21

「聖書の示す愛」は、キリスト者の全ての奉仕、賜物、働き、生き方を根底において支えるものです。

①愛とは真実なものでなければなりません(9節)

愛には偽りがあってはならず、見せかけの、打算的な、口先だけのものが愛なのではなく、行いと真実が伴う愛こそが本当の愛です。

愛は、悪を徹底的に憎み、退け、善に親しむ性質があります。

私達の罪のために、身代わりとなって死んで下さったキリストの十字架にこそ、主の真実な愛が表されており、主は私達にも、その真実な愛に生きるように願っておられます。

②神様への愛と隣人への愛(10~13節、15~16節)

私達が互いに愛し合い、尊敬し合い、へりくだる事、これが隣人への愛です。

主を愛する者は、聖霊によって、燃えた心を持ち、再臨を待ち望み、試練に耐え、祈りに励み、積極的に、継続的に、主に仕え続けて行くべきです。

私達が貧しい聖徒を助け、旅人をもてなす、という、自分にしてもらいたいと思う事(喜ぶものと共に喜び、泣く者と共に泣く事)を隣人に対して行っていくのなら、主は私達を豊かに祝福して下さいます。

③敵対者に祝福を与える愛(14、17~21節)

私達は自分を迫害する人の滅びを求めて、のろったり、復讐して悪を行うのでなく、むしろ、その人を愛し、親切にする事によって、その人が悔い改め、主に立ち返り、主の祝福に預かれる様に祈って行くべきです。

これは、私達の心に、常に、聖霊による主の愛が満ち溢れる事によって実践可能となります。

私達の側で、なし得る限りの最善の努力を持って、すべての人との平和を造り出して行くように、と主は願っておられます。

私達は神と隣人を愛し、他人でなく隣人となって、隣人の気持ちを共感し、「あなたも行って同じ様にしなさい。」と言われた主の愛に倣い、主の愛を実践して行く者となりましょう。

「喜ぶ者といっしょに喜び、泣く者といっしょに泣きなさい。」                                      (ローマ12:15)
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