平和の喜び  ヨハネ4:3~26

 クリスマスは、喜びの知らせであり、希望に満ちた喜びです。

さらに、「地の上に平和が、御心にかなう人々にあるように」(ルカ2:14)とあるように、平和の喜びの音信(おとずれ)です。

平和とは、いろいろ表現されますがヨハネ4章の記事からするとそれは“垣根の無い”ことです。

[1]人と人との間に垣根があります(7~9節)。

「ユダヤ人はサマリヤ人とつきあいをしなかった」(9節)とあります。

彼らは元々一つの民族でしたが、些細な事で長い間付き合いがありませんでした。

科学が進歩した今もこの垣根は“健在”です。

宗教、肌色、利害関係・・・人間が垣根とするものが多々あります。

そして親しい交わりが失われています。

[2]神と人との間に垣根があります(10~15節)。

キリストは、サマリヤの女性に何度も「生ける水」について語られました(10節、13節)。

しかし彼女は「生ける水」の意味が分かりません。

私達には立派な井戸があります。

あなたはどこからその「生ける水」を汲んで来るのですか、と言ってキリストとの会話がかみ合いません。

キリストが言われる「生ける水」という神の言葉との間に垣根があるからです。

[3]自分の中に垣根があります(16~18節)。

「夫を呼んで来なさい」という言葉に女性はたじろぎます。

そしてとっさに「夫はいません」と答えました。

彼女はキリストの言うとおりに「五人の夫があった」人でした(18節)。

「夫はいない」という言葉で隠さなければならない自分がいました。

そのような過去を持った自分と向き合えない垣根が彼女自身の内にありました。

[4]キリストは彼女の様々な垣根を取り除きました

「救いがユダヤ人から出る」(22節)というキリストのことばで彼女は救われたいとの思いが与えられました(25節)。

そして、自分の目の前にいる救い主を受け入れました。

彼女の生き方が変わりました。

人々との交わりが回復し、人々にキリストを証しました。(29節)。

 キリストは、あらゆる垣根を取り除き、平和をもたらすためにこの世に来られた救い主です

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希望に満ちた喜び ルカ2:1~11

 私達に真の希望を与えるためにキリストはこの世に来られました。

キリスト誕生の時、イスラエルはローマ帝国に治められておりました。

そのローマ皇帝が人口調査を命じたことからクリスマスの出来事が記されています(1節)。

皇帝に限らず、この世のどのような指導者が、民を治めても人間の苦しみまで治めることはできません。

キリストは、そのような世に希望を与えるために来られました。

キリストは・・・
[1]サタン(悪魔)を支配されるお方です(1節)。

皇帝が命じた人口調査は徴税、徴兵の為に行われるものですが、民の多いことが皇帝を満足させる誘惑ともなります。

サタンから来る誘惑に人間は勝つことはできません。

しかし、キリストはあらゆるサタンの誘惑に勝利され、サタンを撃退しました(マタイ4:1~11)。

[2]自然界をはじめ全世界を支配されるお方です(6~7節)。

おとめマリヤからキリストは誕生したとあります。

キリストのことばで嵐が静まり、水が葡萄酒に変えられました。

キリストは、この世のあらゆる法則に支配されないお方です。

そして、ご自分のみ言葉でこの世を動かしておられるお方です。

[3]あらゆる境遇を治めるお方です(7節)。

マリヤは出産の時を迎えても、ふさわしい場所はありませんでした。

しかし、このピンチの中で神は「飼葉おけ」を用意しておられました。

キリストは、私達が遭遇するあらゆる境遇を支配してくださる神です(ピリピ4:12)。

[4]罪と死を治めるお方です(11節)。

キリストは「主キリスト」として誕生されました。

「キリスト」とはメシヤ、つまり救い主です。罪と死に支配されている私達にとって、絶対に必要な救いはその支配からの解放です。

キリストは、全ての人の罪を負い、死んでよみがえられました。罪と死に苦しまなくても良い、救いが完成されました。

「すばらしい喜びの知らせ」を自分のものとしてください

伝えなければならない喜び  ルカ2章

 クリスマスは喜びのおとずれです。

しかも、「この民全体のため」(イスラエルの民を含め、全世界の民)の喜びです(10、14節)。

もし年末ジャンボ宝くじで6億円当たったら、このことを周りの人々に伝えるでしょうか。

多分、否だと思います。

なぜなら、それは自分だけの喜びであり、周りの人々には及ばないものだからです。

しかし、本当に周りの人々を助け、幸せにする喜びであるならば、それを大声で伝えます。

クリスマスの出来事は、本当の喜びであり伝えなければならない喜びです。

[1]神様には喜んで伝えたいことがあります

ヘブル11章に、信仰によって主に従って来た人々がいます。

ノア、アブラハム、モーセ・・などです。

「信仰がなくては、神に喜ばれることはできません」(11:6)とあるように、彼らは信仰によって神様を喜ばせた人々です。

ですから神様も彼らの事を聖書に記されました。

あなたが、キリストを信じて救われたことを誰よりも神様が喜んでおられます。

[2]神様が本当に伝えたいことがあります

それがキリスト誕生の出来事であり、「最もたいせつなこととして伝えた」事、即ち福音です(Ⅰコリント15:3~4)。

この福音によってすべての人が救われるのです。

[3]あなたは周りの人々に何を伝えたいでしょうか

パウロはこの福音を伝えるために、むちうたれ、投獄され、苦しみを受けた人です。

そして、私達にも「キリストの使節」となることを勧めています(Ⅱコリント6:3~10 5:20)。

 起源450年にギリシャ軍が10倍のペルシャ軍に奇跡的に勝利しました。

このニュースをマラトンからアテネまで(約40キロ)一人の兵士が走って伝えました。(これがマラソン競技の始まりです。)

この兵士はアテネの広場に来て「勝った。喜べ」と言って息絶えたそうです。

「キリストが来られた。勝った。私達は救われる」

このクリスマスのおとずれは、伝えるべき、真の喜びです。

主よ終わりまで  Ⅰ列王8:57~62

イスラエルの3代目の王ソロモンは、7年の歳月をかけて壮大な神殿を作りました。

神殿が完成した時、彼は民を祝福して「主のおきてに歩み・・主の命令を守らなければならない」と彼らに説きました(61節)。

このメッセージは、彼の父がソロモンに命じたことでした。

「あなたの神、主の戒めを守り、モーセの律法に書かれているとおりに、主のおきてと、命令と、定めと、さとしを守って主の道に歩まなければならない」(2:3)。

 また、このメッセージはソロモン自身が神から聞いたことでした

「あなたの父ダビデが歩んだように、あなたもわたしのおきてと命令を守って、わたしの道を歩むなら、あなたの日を長くしよう」(3:14)。

 ソロモンは、このメッセージを民に告げました

主の戒め、命令を守る・・・これは大変厳しいように思われます。

しかし、結局、主のみ言葉に従って生活することは、私達の祝福となります。

「あなたが何をしても、どこへ行っても、栄えるためである」(2:3)。

「わが子よ。私のおしえを忘れるな。私の命令を心に留めよ。

そうすれば、あなたに長い日と、いのちの年と平安が増し加えられる」(箴言3:1~2)。

主のみ言葉に私達が従う時、「主は・・私たちとともにいて、私たちを見放さず、私たちを見捨てられない」との確信に立って生きることができます。

さらに、主に従う私達の姿を通して「地上のすべての国々の民が、主こそ神であり、ほかに神はないことを知るように」なります(60節)。

ダビデは失敗もしましたが、生涯神を離れず、忠実に神に従いました。

その歩みがソロモンに影響を及ぼし、私達の歩みにも励ましを与えています。

十字架の死にまでも従われたキリスト(ピリピ2:6~8)に在ってあなたが日々主に従う時、あなたとあなたの周りに神の祝福が及びます

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