従う者への祝福 創世記50:19~26

 ヨセフの波乱万丈に満ちた生涯は、神の摂理の中で主に従う人生がいかに祝福に満ちているかを教えます。

[1]彼の二人の子どもの名前がその事を表しています(41:50~52)。

長男マナセは「忘れる」、二男エフライムは「実り多い」という意味です。

兄たちにエジプトに奴隷として売り飛ばされ、エジプトで濡れ衣を着せられて投獄されました。

このような苦しみを通して、彼は恨みを忘れ、神の与えた結果を感謝しました。

主に従う者への第一の祝福は、常に喜び、絶えず祈り、すべての事を感謝できる心です(Ⅰテサロニケ5:16~18)。

[2]兄達に対するヨセフの言葉がそのことを表しています

①「私が神の代わりでしょうか」(19節)

 人間は、自分が神に代わり人をさばき、思い煩い、行動しやすいものです。

彼は、確かに自分に対して悪をたくらんだ兄達のさばきを神に委ねました。

②「あなたがたは、私に悪を計りましたが、神はそれを、良いことの計らいとされました」(20節)。

 彼はどのような悪の計らい、自分にとって不利な状況の中にも神の摂理を見ることができました。

③「もう恐れることはありません」(21節)
 
兄達を単に赦しただけでなく、兄達の立場に立って彼らを守ろうと決心しました。

これらの言葉の中に、豊かに祝福された彼の心があります。

[3]彼の老後がその祝福を表しています(22~26節)。

彼は110歳まで生きました(22節)。

単に長寿というよりも子供、孫、ひ孫に囲まれて(23節)神中心の交わりを続けました(24節)。

永遠の神の御国への希望、復活と栄化の望みを持ち続けました(25~26節)。

主に従う者へは祝福があります。イエス・キリストこそ祝福された人生の基です。

あなたこそ、私の主。私の幸いは、あなたのほかにはありません。」(詩篇16:2)
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逆境の中で   ピリピ1:12~20

パウロは獄中にあっても、常に主にあって喜んでいました。

それは彼の背後に、常に神の力強い御手があったからでした。

①迫害の中での福音の前進(12~18節)

パウロが獄中に捕らえられた事は、「かえって福音を前進させること」になりました。

なぜなら、パウロの獄中における番兵達(近衛兵)への伝道を通して、

ローマの皇族、そして、ローマ帝国全体にまで福音が伝わり、

多くの人々が救われていく事になったからです。

同時に、ねたみ、争い、党派心をもってキリストを宣べ伝えて、

パウロを苦しめる人々もいました。

しかし、それらの事さえも、結果的に、「あらゆるしかたで、

キリストが宣べ伝えられ」ていく事になり、ますます福音は前進していきました。

同じ様に、私達も困難や迫害に遭っても、神に従う時に、

「全てのことを働かせて益として下さる」神の恵みの御手が働き、

私達の道は切り開かれて行くのです。

②御霊の助けによる勝利(19、20節)

パウロは、自分がどれだけ苦しい状況の中にあっても、

多くの人々の「祈りとイエス・キリストの御霊の助け」が、

「私の救い」となる、と言いました。

御霊は、私達キリスト者の指揮者であり、導き手であり、助け主です。

そして、私達キリスト者が、それぞれ御互いのために祈る

「祈り」を通して、神様の御業は進められて行きます。

ですから、私達の目に見える状況が、どんなに困難であっても、

「もうだめだ」と思えるような時であっても、

「信仰の友の祈りと指揮者であられる御霊の助けと導き」によって、

私達に「救いと勝利」があるのです。

私達は困難や迫害という逆境の時にさえも、神に従い、

福音を伝え、私達の全存在を通して、キリストがあがめられることを

願い、勝利の道を歩み続けさせて頂きましょう。

私の身に起こったことが、かえって福音を前進させることになったのを知ってもらいたいと思います。」(ピリピ1:12)

クリスチャンの戦い方  ヨシュア記6:1~11

ヨシュア記は、イスラエルが約束の地、カナンに入った記録です。

その最初の戦いがエリコです。

イスラエルの侵入に備えてエリコは堅い守りで対抗しましたが、

神は特別な方法でイスラエルに勝利をもたらしました。

[1]キリストを知らない者の戦いがあります

それは、エリコの町が「城門を固く閉ざして」対抗していることと同じです(1節)。

それは、神無しの戦いです。

人間に降りかかる様々な問題に対して、結局私達が出来ることは「城門」という見える方法、

そして「固く閉ざす」という人間の知恵と能力だけが頼りです。

しかし、不安が残ります。

うまくいっても傲慢が残ります。

[2]勝利者であるキリストを信じて戦うのがクリスチャンの戦いです

戦う前に、神は「わたしはエリコとその王、及び勇士たちを、あなたの手に渡した」と言われました(2節)。

戦う前に、神は勝利というイメージを私達に示されます。

私達はそれを信じて進むだけで良いのです。

神の約束通り、イスラエルは勝利しました(20節)。

[3]勝利を獲得するまでのクリスチャンの道があります

神が約束されたイメージが現実となるまでに、クリスチャンに求められる歩みは従いという道です。

イスラエルの祭司と戦士は、エリコの町を6日間角笛を吹いて一回りする事でした。

7日目には、7度町を回って、最後に角笛を長く吹いて大声でときの声をあげることでした(4節)。

人間的には、知恵のある戦いとは言えませんが、イスラエルは従いました。

そして、最後に大声でさけんだ時、エリコの城は崩れ落ちました。

つまり、彼らは、神の約束の現実を見たのです。

あなたの道を主にゆだねよ。主に信頼せよ

主が成し遂げてくださる。」(詩篇37:5)

 み言葉に従う時、あらゆる問題に対する勝利が必ずあります。

私達の才能と知恵を主にささげた戦いをさせて頂きましょう。
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